修羅 黒衣の反逆(繍春刀Ⅱ 修羅戦場)3/3

本編(つづき)

 三人は空き家に隠れている。
 表に貼られていた紙の意味が筆者には分からなかった。売り家を意味しているのか、あるいは錦衣衛に一家そろって捕縛されたことを意味するのか。
 北斎は眠る沈煉の懐から建造記録を掏ろうとするが果たせない。
 裴綸が沈煉に持ちかける。「建造記録も北斎も手に入れた。陸文昭を告発しよう。都察院(監察の組織)は喜んで助けてくれる」。沈煉が黙ると、「ふむ。女に未練が?」
 そのどちらに心を乱したか、北斎は逃げ出した。沈煉は追い、ふたりは騎馬の錦衣衛が数名いる往来のあちらとこちらで目を合わせる。ややあって、沈煉は北斎に建造記録を投げ渡した。
 

 許しもなく大規模な調べを命じたとして、陸文昭は叱責を受ける。東廠の魏忠賢も聞く中、保身のため事実と空言とを織り交ぜて並べ立てた。北鎮撫司の沈煉と南鎮撫司の裴綸が、郭真を買収し、陛下の暗殺を企てた。口封じのため郭真を殺した上、公文書庫を燃やした。凌雲鎧(魏忠賢の甥)も沈煉に殺された、鄭掌班(東廠に所属)の証言がある、と。
 魏忠賢は、「錦衣衛は手を引け」と命じる。「この沙汰は東廠が引き継ぐ。沈煉、裴綸、北斎は必ずや生け捕る」。

 謀反人として沈煉と裴綸の人相書きが辻々に貼り出されているのを見、北斎がふたりの元に戻る。「あなたたちを救うため、建造記録を渡すゆえ見逃してくださいとあのお方に頼むわ」。
 会話するうち、沈煉にはこの度の筋書きが読めてくる。
 

 沈煉は自ら東林党の潜伏する茶楼に乗り込み、丁白纓に黒幕との対話を要求した。縛られ目隠しされた状態で黒幕の居所に連れ込まれる。
 沈煉はようやく事件の黒幕と対面した。高貴な雰囲気を持つ相手は問う。「私を誰だと?」
 沈煉は答える。「そなたの狙いは陛下の暗殺ではなく、魏忠賢と閹党を除くこと。それは皇帝にしかできませぬ。陛下にはお子がおらぬゆえ、崩御することあらば、跡を継げるのは信王 朱由検様です」。
 その答えの正否は口にせず、「信王殿下」は造船記録を火に落とした。「これが魏忠賢の手に渡ることあらば、多くの者が命を落とす」。
 望みを問われて沈煉が口にしたのは「活路」だった。続けて、陸文昭が北斎を殺そうとしていることも伝える。白纓は「ありえぬ」と否定したが、信王がそれを黙らせ、下がらせる。そして「女人(北斎)を殺せ。魏忠賢の調べが及んでおる。危うきことは除かねば」と命じた。
 沈煉は拒否。取り上げられていた刀を手にする。「北斎と都を出る。追っ手を送れば、みんな殺してやる」。しかし、信王に刀を向けることもなく、出て行った。
 陸文昭と丁白纓が信王のもとに来る。文昭が「あの娘は知りすぎております。情けにこだわれば殿下に災いが降りかかります」と進言する。沈煉に北斎の殺害を命じたばかりであるが、信王は手下ふたりには苦悩を浮かべて見せる。演技派だ。

 魏忠賢の屋敷。
 信王の演技再び。「助けてください。私の思い人が姿を消しました。調べたところその女は東林党の一味で、郭真の死にも関りがありました」。
 事件の黒幕と目していた信王にすがられ、驚く魏忠賢。信王は続ける。「陸文昭がこの事実を突き止めたため、私を脅しに‥‥ 魏太監(魏忠賢のこと)の罷免を陛下に進言しろと‥‥ どうか救いの手を」。

 膝をついて懇願するのを見て、魏忠賢は信王が我が手に落ちたと信じた模様。「殿下、案ずるには及びませぬ。陸文昭を除けばよいのです」。
 それを聞いて、泣き崩れる信王。しかし、隠された顔は屈辱に歪んでいた。
 

 沈煉は「あのお方」が会いに来ると偽り、北斎を都から連れ出した。船から馬に乗り換え、沂山を目指す三人。
 寝む北斎の横で沈煉と裴綸が地図にかがみこんで会話する。「この辺りなら追っ手を撒ける」。「信王の配下か」。けれども、北斎は目覚めていた。そして、それから間もなく追っ手に追いつかれた。戦いながらさらに逃げる。
 じきに沂山というところで、馬が吊り橋を恐れて従わなくなる。馬を捨てて北斎を渡らせ、沈煉は追っ手を食い止めるため、裴綸は陸文昭に借りを返すという名目で、橋の手前にとどまった。


 刀をひょいと沈煉に投げ渡す裴綸。大がかりな立ち回りも良いのだけれど、ちょっとした動きも格好良いんだよな、うん。

 とうとう陸文昭も到着、信王の配下が総がかりで討ちにきた。沈煉は敵のただなかに飛び込み、裴綸は橋を守る。なんとか切り崩し、陸文昭と丁白纓と対峙する沈煉に、敵から奪った刀を裴綸がまた投げ渡す。二刀流になったからといって技が倍になるはずもないが、手練れの刃に耐える沈煉。自分の割り当てをこなして、裴綸が助けに入り、文昭を相手取る。一対一になったところで、沈煉は白纓を追い詰めはじめた。裴綸は文昭に脚を払われて獲物を手放すが、沈煉が拾って投げ返す。いや、目まぐるしい。
 白纓と切り結ぶ沈煉に大上段で斬りかかった文昭を、後ろから裴綸が刺す。倒れる文昭を自分の獲物を捨てて支える白纓。
 沈煉は「もう充分だ、去れ」と言うが、文昭は「貴様たちを殺さねば信王殿下に顔向けできない」と答える。「信念をなくせば、もはや屍と変わらぬ」。

 その頃。頼りなげに佇む信王に、魏忠賢が声をかけていた。「殿下、陛下がお呼びです」。
 導かれた先には皇帝 朱由校が床に伏していた。「弟よ、名君となれ」。

 橋の手前の四人は馬のいななきを聞く。閹党である。銃弾と矢が雨霰と降り注いだ。
 「なぜかようなことに」。自分たちも標的にされるのが信じられない陸文昭に、丁白纓が「殿下にとって私たちは邪魔者です」と告げる。文昭は絶望の叫びを上げる。「沈煉、我らはこの修羅場を生き抜けぬ定めだ」。そして、自ら身をさらして撃たれた。白纓も自暴自棄になり、斬りこんでいく。
 多勢無勢が山道から駆け出してこようという時に、沈煉と裴綸は我が目を疑うものを見た。なんと、北斎が戻ってきたではないか。橋を渡りはじめる北斎に「ならぬ、こちらに来たら殺す」と叫ぶ沈煉。
 橋の前の空き地で囲い込まれたら終わりだ。裴綸は山道の手前で奮闘する。「沈煉、何をしておる」。
 沈煉は橋の葛に刀を叩きつけ、叩きつけ、叩きつけた。「やめて」と北斎が懇願するがやめず、已むなく北斎はたもとに戻る。橋は落ちた。

 閹党の多勢無勢が空き地になだれ出て、束の間北斎と見つめあった後に沈煉も死地に身を投じた。
 独白する沈煉。「己で定めを選ぶことはできぬ。されど、意味もなくただ生き永らえるなど、私は到底受け入れられぬ」。
 

 半月後、兄の崩御を受けて信王は皇帝の座に即位した。
 魏忠賢から名簿を渡される。「陛下、刑の執行を待つ死罪の囚人たちです」。恩赦の対象となる者を選ぶためであった。
 傍らで意見を求められるのを待つ魏忠賢であったが、思いもよらぬ冷ややかな言葉がかけられる。「下がるのだ。これより政は宰相たちと討議する」。失脚の前触れであった。
 広げられた名簿には、沈煉の名があった。沈煉は生け捕られていたのだった。

 獄中の沈煉に酒食が届く。「私の番か」。
 しかし、告げられたのは刑の執行ではなかった。「沈煉どの、おめでとう。明日より北鎮撫司に戻ることとなった」。
 見れば、そこには酒食だけではなく、錦衣衛の官服の載せられた広蓋(中国ではなんというのだろう)を捧げ持つ者も控えていたのである。
 

エピローグ


 焼け崩れたままの家に猫。沈煉を認めて敷居を飛び越えてくる。
 生きていて良かった。

 広州。
 筆を持つ女人の姿。自らが描いた絵に見入っている。
 描かれているのは、錦衣衛の後ろ姿。

 そして、弟弟子にこだわる盗賊が‥‥
 


 ただひたすら張震氏(沈煉)と雷佳音氏(裴綸)の躍動を追う映画だった。