女世子 愛を継ぐ花 第一集 2/3

 夏博士が現れると、騒々しかった講堂が落ち着く。
 挨拶を受けた後、博士は新顔の韓十一はどこですかと尋ねた。
 取り巻きの廖吉昌が手を挙げる。来ていません、遊びに出たのでしょう。
 呆れる博士。
 

 定国公府。
 たっぷりと眠った韓十一が、侍女に世話を焼かれながら大あくび。
 銀子が尋ねる。遅くなりましたが、まだ行かれますか? 行かない選択もありなのか。

 陛下のお顔を立てなくては、と十一。でも急がなくていい。腹がふくれたら行こう。
 

 国子監。
 王仲鈺が手を挙げた。韓十一がまだ来ません。あなたを見下しています、見過ごせません。
 夏博士は使用人に声をかけた。国子監に行って韓十一をここに来させなさい。
 学生らは耳をそばだてる。沈成雋が憂えるように目をさまよわせ、周学章も筆を止める。
 博士は見下すという言葉に反応したわけではなかった。私は命により教鞭を執る身。学生が来ねば、陛下を欺くも同じです。
 すると、欺君?! と素っ頓狂な声がして、皆が振り返った。
 小柄な青年が、学用品の重さに耐えられぬ様子でよろめきつつ現れる。韓十一である。

 なんでこんなに遅いの?
 夏博士の台詞の自動翻訳のいとおしさよ。
 道に迷った、に集約される言い訳を、十一はこと細かに大げさにしゃべりまくる。口から出まかせ、息絶え絶えという演技も忘れない。
 仲鈺と取り巻きーずが、女かよ、とひそひそ。
 あわれっぽい風情からお調子者に、十一は演技を切りかえた。本当に大人(この場合は先生)や同窓の皆に早くお会いしたかったのです。そして、よいしょっと学用品を収めた手提げ箪笥(中国ではなんというのだろう)に乗ったので、成雋が制止したそうに腕を持ち上げ、博士も思わずおろおろ両の手を差し伸べた。
 十一は皆を見回しながら大声で呼びかけ、へらへらと笑う。いっしょに遊ぼうじゃないか、人が多いほど盛り上がる。
 学生らは呆れる。呼びかけた内容も問題だが、とりわけ学用品に乗る行為が博士の立腹を招いた。混賬! と大喝した。勉学があなたの本分と心得なさい。
 翻訳サービスによると混賬は、見下げ果てた、愚か、とのこと。賬は出納簿で、出納簿をごっちゃにするのが愚かかと、その感覚を面白く思った。

 夏博士は怒りっぽいが醒めるのも早く、座りなさい、もう遅れぬように、と戒めたときには口角が上がっている。踵を返して、いつまで見ていますか、と問うと、学生らはさっと姿勢を正した。
 ひとりまだ韓十一に注目する五皇子。

 あれっ? 十一は、それが前日に会った相手と気づく。どこの家の者だよ? 喜色を浮かべて声をかけるが、まるで表情を変えず答えもせずに五皇子は背を向けた。十一は面白くない。
 

 韓十一はその日の学課をほとんど受けずに終わる。

 夏博士が講堂を離れ、皆と同じく挨拶のため立っていた十一は、敷物に腰をおろした。が、すぐさま甲高い悲鳴を上げて跳びあがる。誰かが棘だらけの小枝を投げ置いていたのだ。
 おまえだな! 隣席の王仲鈺を疑う十一。
 五皇子は、悲鳴に(無表情に)驚くが、すぐに文机を片づけはじめる。
 仲鈺が感心したかのように言う。韓十一よ、女らしき見かけのわりには攻撃的だな。
 それがなんだと言い返すと、仲鈺が立つ。それを合図に学生らが十一を取り囲む。多くの学生から反感を買ったようだ。それとも、よくある新入りいじめか。いいか、ここは京城、賎陋な北境ではないのだ。ここでの決まりを教えてやろう、今日から私がおまえの頭分だ。
 果たしてその資格があるかな、と挑みかける十一の顎は上向いていて、周りとの身長差が際立つ。
 廖吉昌が、女もどきめ、まさか王丞相家の公子に資格がないと? と仲鈺に阿諛する。仲鈺が、この王仲鈺に資格を問うたのはおまえが初めてだ、と笑うと、学生らが追従笑いをする。
 十一までが笑う。なにを笑う? と仲鈺がむっとする。おまえの病をさ。痴れ言につきあえるか、と十一は切り捨てた。
 韓十一は、「北境一の放蕩者」のふたつ名を得ていて、それに勝る放蕩者と噂の王仲鈺に興味を持っていた。ここで差し向かう相手がそれと知り、対抗意識を燃やしたのやも。

 品がないので削ろうかとも思ったが、顧萬の見せ場?であるから、支障のない範囲で。
 取り巻きーず 顧萬が文机に叩きつけるように片足を置き、その音に五皇子までがはっと目を遣る。上衣の裾を払って、帰るならくぐれ、と言う。どうでもいいが、足長いな、顧萬。
 韓十一は五皇子には気づいたが、顧萬のことは思い出さないらしい。
 嫌ならひっぺがす、と王仲鈺が脅し、十一は両手を挙げて了解を示す。くぐれ、這え、と学生らが囃し立てる。

 気づかわしげな周学章と沈成雋。とりわけ成雋はあたふたしている。
 あっさりくだるのが腑に落ちず、韓十一よ、なにを策する? と五皇子は静観。
 果たして、十一はくぐると見せかけて足を掬い、講堂から逃げる。

 軽やかに跳ね、笑って駆ける。いたずらっぽい十一の姿は印象的。
 が、投げつけられた簡策に脛を打たれて転ぶ。武芸の腕を隠したせいで四肢をしっかり押さえられてしまい、のっぴきならぬ状況となった。

 そこへ颯爽と現れる五皇子。最も効果的に恩を売れる頃合いを見計らっていたのである。
 散れ、の一言で群がっていた学生らがおとなしく離れていくので、十一は怪訝に思う。残った仲鈺が、五皇子、と呼びかけた。なにをお考えです?
 十一は驚きに目を瞠った。関わってはならぬ相手だ。
 これは本王(私/王に封ぜられた者の自称)が貰う、と五皇子が答える。仲鈺は矛を収め、取り巻きーずを連れて去った。
 

 軟弱さを強調して大げさに足を曳く韓十一と、泰然と歩を進める五皇子。
 そなたを救った。どう報いる?
 齊王殿下(五皇子)、誰が頼みましたかね。施恩不图报と言うではないですか。器が小さいのでは?
 施恩不图报は、対義の受恩必报もしくは知恩不忘报と並べ論ぜられるものらしく、訳すなら善行見返りを求めず、早い話、徳の精神である。
 十一に近づくのが目的だった五皇子は、図星を指されても悪びれず、十一の前に回り込んで無言の圧力をかける。
 分かりましたよ、礼を用意しましょう。十一はこれぞという礼品をあげるが、五皇子は頷かない。十一は苛立った。何をお望みです? 私が欲しいとでも? 捨て台詞を吐いてその場を離れようとするが、五皇子がいきなり腕をつかんで十一を柱に叩きつけた。耳をかすめる勢いで柱に手をついて五皇子が覗き込んできたので、十一は身をすくめる。
 流れはじめる甘やかな旋律、「他/她」というエンディングにもなっている曲が美しい。

 それがいい、と言う五皇子に、顔を引きつらせる十一。無表情なので分からないが、それは五皇子のからかいだったろうか。固まっている十一から離れ、明日からそなたは私の伴読だ、と言い置いて立ち去る。
 筆者はここでぎょっとした。身代わり少年、つまり高貴な子女とともに学び子女が罰されるべきときに代わりに罰を受ける役か、過酷な運命だ、と。しかし、それは考えすぎで、単なるともに学ぶ相手だった。とはいえ‥
 伴読になれば五皇子派とみなされる。私を引き入れるつもりか? 見くびられて堪るか。十一は五皇子を追った。